長崎県知事  高田  勇 様(当時)

 長崎大学教育学部附属中学校が,このたびの創立50周年記念を迎えられましたことを,心からお祝い申し上げます。

 この附属中学校の前身である長崎師範学校男子部附属国民学校は,昭和20年8月9日に原子爆弾により長崎市が壊滅した際,破壊され,同年10月に大村市へ移転しました。そして,昭和22年4月28日に大村の地に創立され,以来50年の歳月が過ぎ本日を迎えております。

 大村での附属中学校は,旧大村連隊跡の古い兵舎一棟と厩舎,倉庫及び小石が散乱する原っぱを校地校舎として与えられ,第1・2学年170名の6学級,教職員13名で,生徒が学習するために最低限必要な机や黒板だけを備えて発足しております。

 その校舎の天井や床,壁には油が真っ黒に染み付き,窓は室内採光と言うよりも換気口と考えられるほど,小さく細長いもので,間隔も遠く付けられていました。また,磨り減った床板には,しばしば古い釘が頭を出し,生徒の足を傷つけることもしばしばであったと聞き及んでおります。

 しかし,このような悪条件の中で昭和25・26年には,学校図書室運営や道徳教育の研究発表会を開催し,県内外へ教育の先導的立場を明らかにし,附属中学校の本分である教育研究への道をすでに歩み始めておられます。また,教職を目指す大学生の指導も附属中学校の責務であります。開校以来すでに8000余名が,附属中学校での教育実習で教員としての資質や技量を身につけ,長崎県の教育界へと羽ばたいておられます。

 また,附属中学校の教育は,小学校における教育の基礎の上に,心身の発達に応じて中等普通教育を施すとともに,自主的,主体的な態度で何事にも積極的に挑戦する生徒,心豊かでたくましく,生き生きと学ぶ生徒の育成を目指しておられます。その中で学校教育の目的である,人格の完成を目指し,平和的な国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと,勤労を重んずる態度及び個性に応じた進路を決定する能力を養うこと等の育成をなされていることに対して深く敬意を表するものであります。現在の附属中学校も,今日までの長い歴史の中で受け継がれてきた教育研究や教育実習,地方教育への協力などの使命と義務を果たすべく献身的に真摯に長崎県の教育に貢献しておられることは,既に皆様御承知のとおりでございます。

 さて,今日わが国では,いじめの問題や神戸の事件などが大きな社会問題となっています。この問題は,今の日本の教育の在り方を問おているように感じるとともに,教育を学校のみで考えるのではく,家庭,地域社会がもっと手を取り合って行うように示唆しているように思われます。また,知識偏重の教育ではなく,体験的な教育をとおして心豊かな生徒の育成が求められています。これからの教育は,「ゆとり」の中で「生きる力」をはぐくむことを大きな目的としています。本県の教育方針も人間尊重の精神を基調として個性豊かな人間の育成を図ることを目標に掲げておりますが,その手だてとして,一人一人の能力・適性に応じた教育を実現しようと,生徒に選択の機会を拡大する努力が各中学校で行われています。この附属中学校では,昭和63年からすでにその研究が進められ,選択学習や体験的学習の在り方について,長崎県の教育の推進に先導的な取組をなされています。県内はもとより県外からも多くの参加者を経て,毎年盛大に研究発表会が開催されていますが,その御苦労に対して感謝申し上げるとともに,更なる研究の深まりを期待しております。

 創立50周年を迎えたこのよき日に,輝かしい伝統を持つこの附属中学校に在籍したことに誇りをもつとともに,今の自分を振り返えり,これからの決意を新たにしてほしいものです。

 最後に,幾多の試練に耐え,輝かしい伝統を築いてこられたこの附属中学校が,これまで以上に自らの任務と使命に燃え,活躍されることを祈念いたしますとともに,創立50周年をたたえ,今後の更なる御発展をお祈り申し上げます。

 さて,附属中学校の生徒の皆さん,わずか50年の歴史ではありますが,現在とその当時では社会情勢が随分と違うことはお分かりだと思います。しかし,変わらないものがあります。それは校訓「光と力と望みと」です。君たちの先輩もこの校訓の 下,その時代その時代を必死に生き,社会の第一線で有能な人材として日本のみならず世界各国で活躍されています。

 「」のさすところは明るく暖かい・・・・明るく暖かい学校,我と友とが相互いに人間として尊重し合う学校

 「」は,自らの人生を切り開く心身の根源力である・・・・人生をたくましく生き抜く力,心理と虚偽を見抜く知力,善を実践し,悪を克服する意志力,艱難辛苦に耐える体力

 「望み」は,人生の夢であり目標である・・・・かけがえのない生涯に高い望みを持って自らの夢と目標を実現しようとする粘りと積極的な態度

 すばらしい校訓だと思いませんか。社会問題の一つに「いじめ」の問題があります。また,神戸の問題もあります。我と友とが相互に人間として尊重し,善を実践し悪を克服する意志力・・・・君たちの先輩は,時代は変わっても人としてなくしてほしくない心の在り方を校訓として残してくれているようです。


 

前長崎市長 伊藤一長 様は平成19年4月18日にお亡くなりになりました。御冥福をお祈りいたします。

 長崎市長  伊藤 一長 様 (当時)

 長崎大学教育学部附属中学校の創立50周年の祝賀に当たり,心からお祝い申し上げます。

 附属中学校は,第2次世界大戦終結後の昭和22年に大村市乾馬場の旧大村連隊跡に長崎師範学校男子部附属中学校として開校しました。昭和27年には,大村の下久原の元附属小学校跡地に移転して,附属小学校と生活を共にし,昭和28年には長崎市立西浦上中学校を代用附属中学校として勉学に取り組みました。そして,昭和29年長崎市大橋町の長崎大学学芸学部内に小学校と併設して開校し,1年後昭和30年には昭和町の長崎市立西浦上小学校跡に移転しました。その後も小さな移転を繰り返し,現在の鉄筋4階建の校舎が昭和42年度に完成し,翌昭和43年度から今の校舎での学習が始められました。戦後の20年間余り,附属中学校は落ち着く間もなく,居を移すこと7たび,校名を変更すること5たびを数えました。その激動の中,生徒と教師が一丸となって学校環境づくりや学習に必要な教材づくり等を行い,今の附属中学校の基礎づくりが行われました。生徒も教師も限られた教育施設の中で,理想を高く掲げ,ロマンと情熱に燃え,必死に勉学にいそしみ,厳しい試練を克服した先輩方に感謝するとともに,その姿に多くのことを学びたいものです。

 時代は変わり,今の社会や生活はその当時と比較すると随分変化しました。しかし,変化していないものもあります。それは,この体育館の前面に掲げてある校訓です。「光と力と望みと」・・・・君たちの先輩の心の中に脈々と流れる熱い血潮,情熱は,今の君たちに確実に引き継がれ,この附属中学校の根底に流れています。附属中学校を卒業した生徒は平成8年度までに9695名,平成10年には1万人を突破します。この学舎を卒業した後,君たちの先輩は長崎県にとどまることなく,日本各地いや世界中で活躍されていることを知るにつけ大変うれしく思っています。君たちの先輩は,多くの道を君たちのために準備してくれています。心から感謝したいものです。

 ところで,生徒の皆さんは長崎市の市章を御存知でしょうか。外形は長崎の「長」を図案化し,鶴の港長崎を象徴して折り鶴の形を星状に配し,内形は安政年間に開港した全国の5つの港の1つであることを誇りとして,5つの市(神奈川,長崎,新潟,神戸,函館,)の文字を加えたものです。異国情緒豊かなこの長崎は,鎖国時代も日本で唯一世界に開かれた港でした。海外文化を数多く取り入れ日本の近代化に大きく貢献してきました。その当時の多くの若者が長崎の地を訪れ,様々な分野で勉学に励んだものでした。また,長崎は悲惨な原爆を体験したところでもあります。あの焼け焦げたがれきの中から力強く立ち上がり,現在の国際文化都市,平和都市として目覚ましい発展を遂げてきました。現代は国際化の時代です。国際化とは,今,自分が住んでいるところにどのような歴史や伝統をあるのかを知ることから始めることが大切です。この長崎市の輝かしい歴史と伝統を受け継ぐとともに,新しいものを創造し,新たな伝統を築き上げていくことを皆さんに願っています。このことは長崎市の教育方針で特に強調している地域的特性と社会的要請にかんがみ,相互信頼と平和希求の精神に満ち,国際性に富む市民の育成と深く結びつくものであります。次代を担う皆さんに大いに期待しています。

 また,附属中学校の教職員の皆さん,平素の教育はもとより,教育研究,教育実習と昼夜を問わず励んでおられる姿に敬意を表します。皆様の教育に対する情熱とロマンを絶やすことなく,また,長崎市内の中学校との連携を図りながら,附属中学校の更なる発展のため御尽力いただきますよう切望いたします。

 最後に,この栄えある創立50周年を契機として,今後更に「光と力と望みと」の校訓の下,附属中学校に脈々と流れる附属魂を遺憾なく発揮され,国立学校としての任務と使命を果たされんことを祈念して祝辞といたします。


  祝 辞

 長崎県教育長 中川  忠 様(当時)

 長崎大学教育学部附属中学校の創立50周年に際し,心からお祝い申し上げます。

 附属中学校には,二つの「巣立ち」があります。

 一つは,申し上げるまでもなく,この学舎で社会に生きる人間としての基礎を培い,更なる成長を期して旅立っていく生徒たちの「巣立ち」であります。昭和22年4月28日,大村市の旧歩兵連隊の跡に集い,学んだ170名余の生徒たち。その卒業から半世紀,9695名のたくましく,清新な若者たちが巣立っていきました。とりわけ,本校の草創期とも言える創立以来16年,昭和38年に木造2階建て4棟の新校舎完成をみるに至るまでの長い歳月,附中生は様々な試練に耐え,それでもなお向学の志を燃やし続けました。学校としての生活環境に恵まれぬまま,先生方と共に,額に汗して,自らの手で校庭や教室を改修したり,教材や教具までも創意工夫して作り出したりすることで,今日の附中の土台を築かれました。まさに「艱難汝を玉にす」の言葉どおり,この時の生徒たちは,いかなる試練にも怯むことなく,あらん限りの英知と活力を結集して立ち向かう魂を自らの心に刻み込んだに違いありません。

 時代は日本の経済高度成長期を経て,貧しい時代を知らずに育った子供たちが,伝統ある校風にあこがれて集い,勉学にスポーツに,芸術に勤しみました。現在の鉄筋4階建て校舎の完成は,昭和42年の9月。附属中学校のそれからの充実期を象徴するがごとく,白亜の校舎が威風を放ったものでした。日本の社会が急激な近代化を進めていく中で,附属中学校も独自の伝統と文化を築き上げ,そこに息づく附中魂は「光と力と望みと」の校訓とともに受け継がれ,現在の生徒たちの心の中にも脈々と流れていることでしょう。

 本校を巣立っていった生徒たちは,母校で培った魂を,それぞれの人生の糧として,いつまでもいつまでも大切に持ち続けていくことと確信いたします。

 もう一つの「巣立ち」 それは,教師を天職とすべく長崎大学教育学部(旧学芸学部)に入学した学生たちの旅立ちです。創立以来,教育実習生として附属中学校に学んだ8000余名が教師の道へと歩みを進めていきました。教育実習は,理論の実践の場であります。一方,理論では知り得ない数々の見聞を広げ深める場でもあります。生徒たちの中に身を置き,共に学び,共に高め合う中で,教師としての資質や技量を磨く出発点に立つことになります。この附属中学校を教育の原点として,羽ばたいた学生たちの前途は洋々と開け,長崎県下の教育の発展に必ずや大きな功績をもたらしてくれるものと信じます。このような教育界における大きな使命を担い,全うし続けてこられた諸先生方の御苦労に深謝するとともに,その多大なる業績に心から敬意を表す次第です。

 また,現職教師に対しても,教育が進むべき新たな道を切り開き,身をもってその道標となるべく日々研鑽を重ね,県内外へ研究実践の成果を示してこられました。本県では「人間尊重の精神を基調として,郷土及び国家を担う責任を自覚し,生徒を通じて学び,国際社会に貢献できる調和のとれた個性豊かな人間の育成を図る」ことを教育の目標に掲げております。このような教育の具現化を目指す上で,附属中学校のこれまでの先駆的・実践的教育研究は,本県教育界にとって大いなる財産であります。深く御礼申し上げますとともに,今後一層の御発展を祈念いたします。

 時代は急激な変化を遂げていきます。附属中学校におかれましては,この50年の歩みによって得られた,確固たる信念と自信に裏付けられた教育界のリーダーとして,なお一層御活躍なされますよう期待いたします。創立50周年の喜びを共にして祝辞といたします。


  祝 辞

 長崎市教育長 内田 進博 様(当時)

長崎大学教育学部附属中学校創立50周年記念式典の挙行に当たり,心よりお祝い申し上げます。

 「大なる創造は大なる情熱に伴ふものなり」という言葉があります。本校が創立された昭和22年の社会は,いまだ戦後の混乱の中にあり,本校での学校生活も困苦欠乏に耐える日々であったと聞きます。しかし,附属中学校の教師と生徒たちは,厳しい逆境を乗り越え,新しい校風づくりという「大なる創造」を果たしました。それは,当時,平均年齢が30歳にも満たなかった,若き先生方の「大なる情熱」によるところが大きく,生徒たちはその後ろ姿に大いなる薫陶を受け,まさに師弟同行によって附属中学校をつくり上げていったのです。また,昭和29年には,まだ自らの校舎を持ち得なかった本校に,長崎附中育友会の手で新校舎第1棟が寄贈されたのをはじめ,地域や育友会の物心両面からの本校教育への温かい援助があったことも忘れてはなりません。

 さて,在校生の皆さん。皆さんは今,このような先生方や先輩方,育友会の皆さんの熱い思いをどのように感じ取っていますか。それは「光と力と望みと」という校訓に託されて,今もなお皆さんの心の中に生き続けています。本校創立50周年を機に,今一度,校訓の意味するところをかみしめてください。そして,伝統ある附属中学校の立派な継承者として,また,郷土の発展に力を注ぐ情熱にあふれた青年として,日々自らを鍛え,磨き上げてください。

 市教育委員会では,「自ら学ぶ力と豊かな心を育てる学校教育の実現」「平和希求の心を培う教育の推進」「平等な社会づくりを目指す同和教育の推進」を学校教育の指導方針として,様々な教育事業を推し進めております。本校の実践的教育研究の変遷をたどってみますと,その意図するところに相通じるものを見いだし,意を強くする思いであります。これまで,先生方の教育研究に対する深い見識とたゆまぬ努力とによって,大きな成果を収められてこられましたことに敬意を表しますとともに,今後とも公立小・中学校の教育実践に示唆を賜りますようお願い申し上げます。

 今,日本の社会では個人の個性が重視される一方で,人と人とのつながりの中に起きる歪みばかりが目立つようになりました。このような世相を反映するかのように,子供たちの世界にも様々な危機的現象が生じています。この危機感を払拭し,時代の変化に対応できる青年たちの育成を図ることは,これからの学校教育の使命であります。その中にあって,附属中学校の担う役割は多大なものがあります。「義務教育の遂行」「教育研究の推進」「教育実習の実施」「地方教育への協力」という使命と義務を全うされ,国家社会の有為な形成者を世に送り続けていかれることを切に期待いたしております。

 創立50周年を一つの節目として,これまでの先達の御功績を踏まえ,今後更なる飛躍を遂げられますよう祈念しまして祝辞といたします。


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