G 九鬼隆一と九鬼周造―父と子と、『九鬼周造全集』第3巻月報、
岩波書店、1981年
(3) 早川正昭作曲「ソプラノと打楽器、コントラバスのための祈り」は、
広島の原爆で二人の幼い子どもを失った山田数子の詩「慟哭」
によっている。私もかつて山田数子「慟哭」に言及したことがあるが
(高橋,1985/86,1994:68-69)、
山田数子の「慟哭」は、今日、女優吉永小百合の朗読「第二楽章」
(吉永,1997)によって広く知られている。「原爆音楽」については、
芝田進午氏の先駆的な論考「核時代の音楽」(芝田,1987:U)参照。
(4)ペンデレッキ「哀歌」の弦楽器編成の内訳は、図1に明らかな通り、
バイオリン12*2群、ヴィオラ10、チェロ10、コントラバス8、
計52である。
(5)ジョン・ケージに限らず、他の現代作曲家たちの作品の分析と、
その眼を見張るばかりの譜面については、ヴァルター・ギーゼラー
「20世紀の作曲」(Gieseler,1975)参照。
(6)ユニセフ事務局長ジェームズ・グラントは次のように述べている。
「子どもが戦争の犠牲になるのは20世紀の現象で、
第一次世界大戦では民間人死傷者はわずか5%にすぎなかった。
第二次世界大戦ではこの比率が50%に高まり、
いまや民間人の戦争犠牲者の比率は約80%に達している。
そのほとんどが女性と子どもである。」『世界子供白書』1992年、18頁
(7)「現代音楽と子ども」は、この意味で、現代音楽の中心的テーマの一つで
ある。ここには、マーラー「亡き子をしのぶ歌」(Mahler,1905)、ジョージ・
クラム「古への子らの声」(Crumb,1970)、そして、中間部のエピソードに
「影たちの記憶―アンネ・フランクと世界中の子供たち、その無垢なる魂
に」を含むアンリ・デュティユー「時間の影」(Dutilleux,1997)を挙げるに
とどめる。
(8)読者の中には、エルガーの交響曲第1番がここに入ることを訝る向きも
あろう。私の手元にあるのは、サー・コリン・デイヴィス指揮、BBC交響
楽団の演奏で、アフリカの飢餓救済のための「コンサート・エイド」のラ
イヴ録音である(Elgar,1908)。エルガーの交響曲第1番がこのような機会に
演奏されたということは、この作品の高尚な本質を明らかにするものである。
(9)第4回世界平和連帯都市市長会議の全体会への報告の際、私はこの点を
報告すべく原稿を用意しながら、時間の制約のために割愛せざるを得なか
った。しかし、与えられた別の機会に、武満徹の音楽的道程の深い含意に
ついて言及することが出来たのは幸せであった。『平和・公正・自由―世界
の調和をめざして』第4回世界平和連帯都市市長会議報告書、1997年8月
4日―9日、および拙稿「核時代の基本的リテラシー」(高橋,1997)参照。
(10)ここに掲げた現代のミサ曲は、一はモーリス・ベジャールの舞台芸術の
ために、二は無信仰者のために、あるいは非宗教者のために、そして、
三は厳密に教会の聖礼典のために作曲されたものである。これら三作によ
っても、現代におけるミサ曲、レクイエムのもつ可能性の広がりが推測さ
れる。
(11)私は、ペンデレッキのこれら三作品を束ねて「ポーランド・レクイエム
三部作」と呼んでみたい。そうすると、広島の犠牲者に捧げられた「哀歌」
が、なぜ、ポーランドの作曲家ペンデレッキによって作られたかがわかる。
アウシュヴィッツの本来のポーランド名、オシフィエンチム(Oswiecim)の
犠牲者に捧げるべきミサ曲、レクイエムを準備していたからこそ彼は「広
島の犠牲者に捧げる哀歌」を作曲することができたのである。ということ
は、「哀歌」を「ポーランド・レクイエム」として聴く可能性を開く。この
創作上の必然性はさらに注意深く考察するに値する。
(12)これは、マルコによる福音書15章34節に、イエスの発したことばその
ままに「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」
( Eloi, eloi, lama, sabachthani ? )と記された個所である。
出典はダヴィデの詩、「詩編」第22編1節。
(13)「原爆地獄」の定義については、(高橋,1994: 158,252 et passim.)を見よ。
(14)ブリテンの「戦争レクイエム」は、伝統的な「死者のためのミサ曲」
(Missapro Defunctis)と現代イギリスの詩人ウィルフレッド・オーウェン
(Wilfred Owen,1893-1918)の詩とを交互に有機的に織り合わせた重層的な
テキストから成っていて、その円熟期の技巧的な音楽、多国籍の独唱者を
招く演奏形態と相俟って、ミサ曲、レクイエムを現代化する斬新な試みに
なっている。
第一次世界戦争中、西部戦線で戦死したオーウェンの詩のいくつかは、
ポールグレイヴ撰『イギリス名詩選』(Palgrave,1964)及びベイカー編
『フェイバー版・戦争詩集』(Baker,1996)に見出される。
(15)近代科学の出発点にあたって、ベイコンは『学問の進歩』
(Bacon,1605,1974: 66)の中でこうした「踏査」の意義を強調している。
(16)音楽の世界における長崎の重大な欠落と劣位は、世界中の音楽家に新た
なる挑戦を与えるものである。だが、その責任の一端は、長崎に住むわれ
われ自身が担わなければならぬ。いま私の手元に「交響組曲・東京」(外山
ほか,1986)というディスクがある。これはFM東京が開局15周年を記念
して、東京出身の著名な作曲家、外山雄三、三枝成章、石井眞木、芥川也
寸志の四氏に東京の四季に因んだ作品を依頼して成ったものだ。武満徹の
作品の中で国際的にもっともよく知られているのは「11月の階梯
(November Steps)」だが、これは「創立125周年を迎えるニューヨーク・
フィルから作品の依頼を受けて」作曲されたものである(武満,1967)。「影
たちの記憶―アンネ・フランクと世界中の子供たち、その無垢なる魂に」
と題されたエピソードをもつ、アンリ・デュティユーの近作「時間の影」
(Dutilleux,1997)は、指揮者小沢征爾の委嘱によって作曲され、初演され、
彼に捧げられている。こうした音楽創造の秘訣を知るときわれわれもまた
勇気を持ってよいのではないだろうか。被爆者と被爆者団体に限らず、長
崎県や長崎市の行政、企業、組織、団体、そして個人は、世界にあまねく
知られているとは未だに言えないナガサキの出来事について、重大な決意
と用意とをもって世界中の音楽家に作曲を委嘱してもよいのである。その
出来事の重大さに比肩する音楽作品を得るまで依頼しつづけてよいのである。
(17)これはあくまでも大股の「踏査」、巨視的視点からする言明であって、視
点が粗すぎるということとは異なる。ただし、私の見落としや無知につい
ては識者のご教示を切に乞いたい。視点を変えて、巨視的にでなく微視的
に見れば珠玉の作品を挙げることができるであろう。芝田進午氏によれば、
「原爆音楽」の最初の作曲者は、長崎の被爆者、木野普見雄である。そし
て、長崎を歌った作品に木野普見雄「独り息づく」、「鬼の哭く」、森脇憲三
「カンタータ"長崎"」、藤本洋「組曲・長崎」等、がある(芝田、1987、
U:81-120)。微視的視点からする長崎原爆の音楽については、本稿とは別
に新たな論考を起こさねばならないであろう。
(18)収容所の中で、強制収容所の目的のために使役された音楽、たとえば、
強制労働の効率を上げるために、あるいは絶滅収容所の恐るべき現実を隠
蔽するために用いられた音楽を、私は「強制収容所の音楽」
(Konzentrationslager-Musik)という新しいコンセプトを作って呼ぶべきだ、
と思う。