2 死の音楽

 

 死については、古代イスラエルの「弓」の歌、中世のグレゴリオ聖歌、ハインリッヒ・アルベルト「愛と死の歌」(Albert,1604-1651)から、古典主義、ロマン主義の時代を経て、現代の、バーンスタインの交響曲第3番「カディッシュ」(Bernstein,1963)、ショスタコーヴィッチの交響曲第14番「死者の歌」(Schostakovich,1969)、そしてジャズ・ピアニストのキース・ジャレット「死と花」(Jarrett,1975) までを聴いた、と言っていい。あるいはまた、アルフレート・シュニトケ「悔改めの詩篇」(Schnittke,1988)や、アーロン・ジェイ・カーニスが戦後50年周年の記念に、第二次世界戦争およびホロコーストの犠牲者に捧げた「哀悼と祈り」(Kernis,1995)など、今まさに生まれつつある「現在の音楽」(la musique presente)を聴いている最中だ、と言うべきか。死に関する古今東西の音楽を幅広く聴いた中から、とくに印象に残るものについて、ここに二、三書きとどめておきたいものがある。

 一つは、オリヴィエ・メシアンの「時の終わりのための四重奏曲」(Messian, 1941)である。これはメシアンがナチス・ドイツ軍によって捕らえられ捕虜として収容されていたゲルリッツの強制収容所で、1940年に作曲され、翌年はじめ初演された作品である。収容所にあった四種類の楽器、ヴァイオリン、クラリネット、チェロ、そしてピアノの独奏や合奏の奏でる特異な音の響きは、20世紀が世界歴史の中でも他に比類のない制度、すなわち「強制収容所」という人工的な「新しい地獄」を作り出した世紀であることを予感させるに十分な律動的証言である。

 初期メシアンの傑作とされるこの作品は、新約聖書「ヨハネの黙示録」第10章6、7節「もはや時がない。第七の天使がラッパを吹くとき、神の秘められた計画が成就する」を序文に掲げて、イエスの永遠性と不滅性とを讃美している。この点でカトリック教徒のメシアンは、強制収容所のなかでも感動的な礼拝を持つことのできた新教の牧師マルティン・ニーメラー(Niemoller,1946)に共通する。だが、1945年、ナチスの崩壊まで強制収容所の現実を生きるを余儀なくされたエリ・ヴィーゼル(Wiesel,1958)は、この「新しい地獄」の中で先祖伝来のユダヤ教の信仰を捨てた。強制収容所の一年は(いな、一日一日が!)その苦悩の深淵において、一世紀に等しかったのかもしれぬ、と思い遣る想像力が必要である。

 死のテーマに属する音楽で忘れがたい印象を私の胸に刻印したものに、武満徹「弦楽のためのレクイエム」(武満、1957)がある。この作品は、武満自身が「肺結核」を患って、あるいは死ぬかもしれぬという死の恐怖の中で、自分が生きた生の証しとして、この世に自らの音楽的言語で書き遺した「辞世の歌」と言えるものである。官立の音楽大学で伝統的な作曲技法を修得したのでなかったから、発表当時は「音楽以前」と酷評された(立花、1996)。しかし、1959年に来日したストラヴィンスキーの絶賛を浴びて以来、今日まで、武満のいろいろなアルバムに収録されている(武満,1991,1992,1996)。

 著名な作品であっても、何度も聴こうとは思わないものがあり、何度か聴くとつまらなくなるものがある。冒頭のエピグラムが言うとおり、「聴くという素朴な行為」が、前者は生の魅力を欠き、後者は音楽的熟考を欠いていることを暴露するのである。聴くという行為は、音楽の成立に関してけっして受動的でなく、むしろ構成的であり、時に攻撃的ですらある。それに対して、武満徹「弦楽のためのレクイエム」は、なんど聴いても新鮮さを失わない。武満自身は「この<レクイエム>を<メディテーション>としてもよかったのです。…一物に専心したい気持ちがこの題を択んだのです」(武満,1996)と言っている。作品は、分析的な作品批評ではついに捉えることのできない、差し迫った死と死の恐れが切実な「生命の叫び」になっていると言える。

 もう一つのホロコースト、広島と長崎の原爆被災については、ペンデレッキ「広島の犠牲者に捧げる哀歌」(Penderecki,1960)、ルイジ・ノーノ「生命と愛の歌―広島の橋の上で」(Nono,1962)や、日本の林光「原爆小景」(林、1958)、早川正昭「祈り(3)ー原爆の死者のための鎮魂曲集」(早川、1978)、戦後世代の細川俊夫「ヒロシマ・レクイエム」(細川、1989)などが私の手元にある。冒頭に、人の心を震撼させる、文字通り、 ような一大音響とともにはじまるノーノの作品は、いかにもノーノらしい力のこもった作品である。だが、国際的にもっとも知られていて評価が高いのはペンデレッキの「哀歌」である。ペンデレッキは19世紀の標題音楽の手法をも取り入れながら、弦楽器の編成に特別の工夫を凝らして(4)、空襲警報や爆発の瞬間、閃光、そして一瞬の静寂とそれにつづく言語を絶する破壊、などを斬新な記譜法によって表現した(図1参照:Morgan,1992)。「哀歌」は「聴く」だけでなく、その を「見る」のも視覚的にはなはだ刺激に富む。

 総じて、現代音楽を聞く楽しみの中には、その がどのように記述されているかを想像することも含まれていると言えよう。たとえば、ジョン・ケージの「ケルン・テレビ」の (図2参照:Morgan,1992)が、作曲家の与える とともに、一体全体どのような音を響かせてくれるのか。 とそこから立ち上がってくる音響、そして逆に、実際の音の響きからその平面への記述、を想像するのも現代音楽に関心を有するものの楽しみの一つである(5)

 ペンデレッキの「哀歌」は、ヒロシマ・ナガサキの音楽的表現として記念碑のようにそびえ立つ。

 


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