| No.24 |
『中部講堂・秋の室内楽祭プログラムノートから(3)』ブラームスはその最晩年に、心にしみる4つの歌曲と2つの美しいクラリネットソナタを作曲した。宮下先生は「長崎ではリートの演奏は通じない」と嘆いていらっしゃったが、私はこの長崎の街で、冬の旅や詩人の恋、そしてブラームスの歌曲等のドイツリートがもっと演奏されていいと思っている。リートのピアノパートの美しさは、ピアニストのみならず聴衆を虜にするであろうし、穏やかな秋の日に石畳を散歩していたら、どこからとなくブラームスの歌曲が聞こえてきたりしたらどんなに素敵だろう。音楽を街の中に豊かに息づかせるのは、やはり音楽家の仕事だろう。 「長い間ニューヨークに住んでいたピアソラは、非常に教養のある作曲家であり、自らの発想を具体的に表現するのに必要な、しっかりした音楽的基礎と実践的テクニックをそなえた作曲家であった。だが、彼の音楽がもっとも自然な形で花開いたのは、都会のコンサートホールではなく、アルゼンチンの街中のカフェやバーだった」ピアソラ讃歌と題されたジョン・アダムスの文章は、ピアソラの音楽的な特徴をよく表している。彼がタンゴというひとつの音楽形式に広がりや深さ、そしてドラマを持たせることができたのは、多分アルゼンチンの街のかおりと無関係では無いだろう。そしていかなる時も、ピアソラは街の音楽家であった。 クラシックという言葉の響きが持つ伝統的な堅苦しさや、ある種の精神的な強要からのがれ、自分の呼吸で音楽を感じのびのびと演奏したい時がある。そんな時ピアソラの音楽は、ガーシュインの音楽とともに私の傍らにある。ブエノスアイレスの四季の中で「夏」の楽譜だけがどうしても入手できなかった。代わりに「鮫」をいれた。演奏メンバーがこれで「春さめ、秋冬だ」と喜んだのは言うまでもない。 「この秋に」は、今年韓国の大邱市で開かれた日韓音楽交流会で発表された作品である。作曲家三上次郎を考えるとき、秋、風、踊りは重要なテーマだろうと、私は勝手に考えている。この作品からもわかるように、そこから聞こえてくる日本的な叙情は、私たちが普段体験するよりさらに日本的であり、季節感に溢れている。作曲家の心の風景は、本人の風体とは無関係にロマンティックであり、憧れに満ちている。 |
| No.23 |
『中部講堂・秋の室内楽祭プログラムノートから(2)』1840年や1842年がシューマンにとって、歌曲の年・室内楽の年として特別の年であったように、1892年はブラームスにとってやはり特別な年であった。20歳の頃に大規模な3曲のピアノソナタを書き上げたブラームスはその後、変奏曲やラプソディーなど何曲ものピアノ独奏作品を書いているが、他のロマン派の作曲家のように生涯に亘ってピアノ曲を書き続けた作曲家ではなかった。 そのブラームスが1892年の夏、ウィーン郊外の保養地バートイシュルで20曲からなるピアノ小品集を一気に書き上げた。一般的にこれらの小品集は、秋色の濃い晩年のブラームスの心境を表した作品として、捉えられている。インテルメッツォに代表されるこのピアノ小品集は確かにピアノ弾きをとりこにする深い味わいに溢れているが、バラードやラプソディーなどからはむしろ青年ブラームスのほとばしる情熱や創作意欲(あるいは青春の回想)が感じられる。 作品番号から言うと小品集は、116、117、118、119の4つのグループに分かれている。私のクラスの大学院ピアノ専攻の学生がちょうど4人いたので、それぞれ1グループずつ受け持ってもらい一晩の演奏会を構成することにした。まあ、これが不幸の始まりだったのであるが、夏休み明けの授業から昨日のリハーサルに至るまで、彼女たちはこってりとレッスンで絞られることになった訳である。(実はブラームスのピアノ小品集は私の最も得意とするプログラムである)深まり行く秋の夜に、音楽棟練習室からブラームスのピアノ曲が聞こえてくるのを、私はひそかに誇らしく思っていたりしたが、今夜緊張の頂点で演奏する彼女達にとっては、ブラームスの小品集は「苦悩の子守唄」というより「苦痛の子守唄」だったのかもしれない。 (2003年11月13日 堀内伊吹) |
| No.22 |
『中部講堂・秋の室内楽祭プログラムノートから(1)』今年の秋は、グランドピアノと音響反射板が中部講堂に設置されたのを記念して、ピアノを中心とした室内楽のコンサートをシリーズで開きました。当日は配付したプログラムから、私のコメントを転載します。 ショパン弾きの名手として名高い、ルービンシュタインが実はブラームスの音楽に強く影響を受け、ある時期はブラームスの作品ばかり勉強していた、という話は意外でありそして大変興味深い。85歳のルービンシュタインが、1972年にシェリング、フルニエと共に録音したブラームスのトリオの演奏を聞くと、なるほどと頷ける。年齢を感じさせない瑞々しい演奏、ルービンシュタインならではの知的で崩れない音楽、少しはやめのテンポそして何よりその演奏からは、ブラームスの音楽に対する深い愛情がひしひしと伝わる。 ここ数年、室内楽作品に強く惹かれている。言うまでもなくロマン派の作曲家はとても美しい室内楽作品を数多く残している。メンデルスゾーンもシューマンもそしてブラームスも。中でもブラームスのピアノトリオとカルテットは、何度聞いても飽きることのないすばらしい作品であると同時に、演奏者にとっては技術的にも音楽的にも厄介な曲である。今回共演を快く引き受けてくれた、私の大切な音楽仲間には心から感謝している。日常的な煩雑さの中で、ともすれば音楽を深く追求することを忘れがちな私に、純粋に音楽を作り上げることと日々の稽古の必要性を強く感じさせてくれた。ハードルの高さを低くしてはだめだよという、彼等のメッセージは心に突き刺さる。 今夜バスーンで演奏する三上次郎氏の「祈りの情景」は、日韓音楽交流会(2000年)で初演されたものである。作曲者の考えはどうか分からないが、長崎で音楽活動をするものにとって「祈り」はひとつの大切なテーマだと考える。しかし今夜に限っていえば、変拍子で掛け合いになるこの難曲が、最後まで無事に通ることをひたすら祈りたい気持ちである。
(2003年11月10日 堀内伊吹)
|
| No.21 |
『長崎の夏』このところ、クラシックの演奏会に出かけても、お客さんの数が少なかったり、演奏スタイルがどうもしっくりこなくて、私自身何となく音楽が楽しめなくなっています。これは困ったな、と思っていました。
|
| No.20 |
『木管アンサンブル・ポエ』明日の夜7時から、長崎市の旧香港上海銀行で、ポエの音楽夜会「香上ナイト」を開きます。私達のバンド(?)は、もともとがオーボエ、クラ、ファゴットそれにピアノという編成で活動をしていました。オーボエのいっちゃんが抜けてからは、色んな楽器の方に手伝って頂いてアンサンブルを組んでいますが、今回は九州交響楽壇の徳山奈美さんをゲストに迎え、オーボエ入りで演奏します。あまりにも懐かしさが込み上げ、プログラムに次のようなコメントを載せました。 「楽器3本とピアノによるアンサンブル曲はそれこそたくさん名曲があります。そして楽譜もそれなりにたまってきていますが、どうやら私達のレパートリーに一番ぴったりするのは、不思議なものでオーボエ入り編成のものかも知れません。 木管アンサンブル・ポエは、夏の思い出と似ています。もっとぴったりした言い方をすれば、おもいでの夏は、木管アンサンブル・ポエと過ごした日々です。懐かしく思われる方は是非お出かけ下さい。真夏の果実や、少年時代等も演奏しますよ。 2003.7.14 ポエの音楽夜会「香上ナイト」7/15 午後7時 ( 旧香港上海銀行)
|
| No.19 |
『触れる喜び』しばらくコラムをさぼってしまったので、書きたいことが実はいくつかたまっています。小学生の夏休み日記ではありませんが、思い出しながら少しずつ書いていこうと思います。多少「旬」を逃した感はありますが、それでもやはりお伝えしたいので。 5月31日と6月1日にかけて今年も時津カナリーホールで、音楽見本市が開かれました。今回は、長崎大学の学生も参加させて頂き、音の博物館と題された各種ワークショップも開かれました。のべ参加人数は、1275人。2日間ホールは音楽と音楽を楽しむ人で溢れました。 カナリーホールが全面的に開放して下さったホールや練習室、リハ室、ロビーを利用して、子供のピアノ、大人のピアノ、リコーダー、クラリネット、トロンボーン、ギター、ヴァイオリン、パーカッション、和楽器、声楽体験など様々な、入門教室が開かれました。アンケートにもありましたが、参加されたみなさん、とても楽しんでいただけた様です。 ホールが、市民と向き合ってどのように付き合っていくか、どのような愉しみや刺激を伝えていけるのか、文化振興をもっと身近にそして大きなうねりとしてすすめていくべきなのか色んな会議に出ながら、考えています。今回の、カナリーホールの取組は、多くのヒントとすでに結果さえも出しているような気がしました。2003.7.12
|
| No.18 |
『しなやかに、おおらかに』コラム再開!どうしてこんなにと思うのですが、時間に追われています。目の前の仕事がうまく片付かず、積み残しの仕事の山は、ピレネー山脈と肩をならべています。日々消化不良のストレスは、今年の巨人軍の戦いぶりと、いい勝負です。と、言い訳をしながらコラムを再開します。どうぞ皆様、気まぐれなほりピーにおつき合い下さい。 夕べは本当に気持ちの良い演奏会に出かけてきました。本学の大学院を修了し、韓国慶北大学校芸術大学に留学し、そちらの大学院も修了した中原大幾君のヴァイオリンリサイタルが、チトセピアホールでありました。伴奏はこの春まで、長崎大学に留学していたやはり慶北大学校芸術大学の李知暎さん。ベートーヴェン、プロコフィエフ、フランクと技術的にも音楽的に一筋縄ではいかないソナタを3曲ならべ、しかもそのどれもが安定したすばらしい演奏でした。 中原君は、音色も音楽も柔らかさを増し、実に伸び伸びとステージで演奏していました。また伴奏の知暎さんも、難しいパッセージをフレーズが途切れることなく、きれいな音色で演奏。我が音楽講座の卒業生がこんなにも堂々と演奏している姿が誇らしくて、私は深く感動しました。 留学という体験が彼等の音楽的スケールを大きくしたのか、あるいは指導の先生に恵まれたのか、あるいは彼等の日々の真剣な練習の成果なのか、打ち上げのビールを飲みながら考えました。きっとそのどれもがバランス良く彼等のしなやかで、おおらかな音楽を作り出したのでしょう。それにしても是非皆さんにも聴いて頂きたい演奏会でした。2003.7.10
|