平安時代における「漢語」の和語化について

教科教育専攻国語教育専修
小川百合子


 「漢語」は日本語の中にどんどん取り込まれ、現在では外来語とは認識されないまでになっている。そのような「漢語」が中国から流入して以来あまり間がない平安時代において、どのように日本語に取り入れられていったのかを明らかにすることが私の研究テーマである。卒業論文では、語形の面からのみ考察を行ったが、修士論文では語形と、和文に取り入れられる必要性の面から考察を行った。
 本来中国語である「漢語」の、和語の品詞への転用は、名詞や副詞の「少々」など以外は、漢字だけで表記できるもともとの漢語の形の部分に(以下、「漢語基」と呼ぶ。)何らかの和語の構成要素が結合して行われる。このようにして和語の品詞への転用が行われた漢語を「和語化された漢語」とする。和文に見られる「和語化された漢語」には次のような語形のものがある。
T動詞
1漢語基+サ行変格活用動詞「す」
2漢語基+その他の動詞
3漢語墓+接尾語
4最後の音節を活用
U形容詞
1漢語基+形容詞「なし」
2漢語基+形容詞活用語尾「し」
3漢語基+その他の形容詞
4漢語墓+接尾語
V形容動詞
1漢語基+形容動詞活用語尾「なり」
2漢語基+形容動詞活用語尾「たり」
W副詞
1漢語基+「に」
2漢語基+「の」
3漢語墓+「と」
4そのままの形で転用
 これらの「和語化された漢語」を、漢語基を構成する漢字の文字数によってさらにa一字語・b二字語・c三字以上と分けた。
 動詞は〈漢語基+サ変動詞〉が動詞化の類型として定着している。特に一字語の中には「念ず」「具す」など、多くの作品で用いられ、語としても和文に定着しつつある語もある。〈漢語基+サ変動詞〉は、漢文訓読にも用いられ、和文に用いられる以前から和語化の典型的な類型として定着していたようである。
 同じく和文に用いられる以前から和語化の類型として定着していたと考えられる語形は〈漢語基+形容動詞活用語尾「なり」〉である。これら二形による漢語の和語化は全体の六六・七%を占め、和語化の最も単純な形であると考えられる。
 その他の語形で和語化の類型として定着しつつあるのは、形容詞の〈漢語基+形容詞「なし」〉と副詞の〈漢語墓+「に」〉である。その他の語形のものは、類型と言えるほど多くの漢語に適用されていない。
 動詞の〈最後の音節を活用〉と形容詞の〈漢語基+形容詞活用語尾「し」〉は、二字語のみを和語化する形である。「装束す」↓「装束く」、「執念なり」↓「執念し」のように、漢文訓読に用いられ、和語化の類型として定着している形で「和語化された漢語」が漢語基として見られることから、この二形は和語化の類型として定着した形よりも更に一層和文に馴染むようにするために生じた形ではないかと考えられる。
 和語化の類型として定着している形の語は漢文訓読にも用いられるために漢語の雰囲気を引きずっており、和語化する場合に多用されるため新鮮味にかけるが、和語化の類型として定着していない形の語は新鮮であり、漢語が持つ固い印象も与えなくなっている。漢語の和語化の語形の広がりは、このような効果を求め和文に新しい表現を取り入れていったことによるものであると考えられる。
 新しい表現として「和語化された漢語」を取り入れるとしても、その取り入れ方は無秩序ではないはずである。「和語化された漢語」は何らかの必要性にかられて和文に取り入れられたものと思われる。
 「和語化された漢語」が和文に取り入れられた必要性は、大きく分けて二つの面が見られるようである。
 一つは、漢語にはあるが和語には欠落していた部分を補充するためである。その具体的な語として「本意なし」が、和文へ取り込まれている状況を見ると、漢語の使用を避けていたと考えられる女性が会話文において用いており、女流日記の会話文において男性が発話者であっても女性が聞き手である用例が見られる。このことから、「本意なし」はその意味内容を表すには他の和語を用いることができない語であったといえる。「本意なし」が表す意味内容が和語の語彙に欠落しており、その部分を「本意なし」が補充したと考えられる。
 もう一つは、和語に同じような意味を持つ語があっても、意味の変遷や表現意識の拡大からカバーできない部分ができ、それを補充するためである。「労たし」を「かなし・うつくし」と比較検討したところ、三語は〈かわいらしい〉という意味内容で共通するが、その〈かわいらしい〉という対象の拡大と、「かなし」「うつくし」の語義の変遷から、以前カバーしていた部分に空白が生じ、それを埋めるために「労たし」は和文に取り込まれたと考えられる。
 動詞「怨ず」、形容動詞「艶なり」をそれぞれ同様に比較検討したところ、相当する和語と語感に相違が感じられた。これは大きく同じ意味として捉えられていたものの中に存在する微妙な差異を表現しようとした結果であると思われる。
 「和語化された漢語」の「和文語化」は、日本人の表現語彙の拡大であると同時に、新たな思考の獲得でもある。単純にしか捉えられなかったものごとにさまざまな複雑な様相があることに気づき、それを表現しようと試みるのに「和語化された漢語」が大きな役割を担ったと考えるのである。
 今後さらに検討語彙数を増やし、「和語化された漢語」の必要性について考察を深めていきたい。

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