上田秋成の用字法

教科教育専攻 国語教育専修
池田 雅子


 用字法とは、一般には文字の使い方、とくに語句、文章を表記するうえでの漢字の用法をさすが、本論では、文章を表記するうえでの字母の用法という意味で使用する。仮名によって、一つの語あるいは音を表記する場合、現行のように一音に対して一字形と、その仮名の字形が固定するまでは、それらを表記し得る可能性のある数種類の仮名字母の中から一字を選択して表記している。どの字母によって仮名を表記するか、個人の書きぶりは様々である。秋成校正本『大和物語』は、北村季吟の『大和物語拾穂抄』を親本として、秋成が校正したものである。翻刻を進めていくうちに、「は」の字母に「盤」・「者」・「八」等が使用されている中で、助詞の「は」あるいは「ば」には「盤」が多く用いられる傾向があることに気付いた。ここから、秋成の仮名表記には、字母の使用傾向がみられるのではないかと考えるにいたった。秋成は『雨月物語』など多くの小説をものする一方、古典の注釈など国語学的著書も多い。その文章表現上使われる語句の選択に対する秋成の鋭敏さについては、しばしば論じられてきた。ここでは、仮名字母の使用傾向という、いってみれば秋成の文章の実際的な部分で、秋成の文字に対する態度などについて考察していきたい。秋成の文章で、語あるいは音と字母の関係において、濁音に関してはその専用仮名が存在するのではないかとすでに指摘されている。「賀」(が)「具」(ぐ)等が濁音専用仮名としてあげられている。濁音専用仮名に限らず、字母の便用傾向について確実な結果を得るためには秋成の自筆本すべてを調査する必要がある。一作品ごとに検討していこうと考えて『上田秋成全集』(中央公論社発行代表中村幸彦上田秋成全集編集委員会)の解題をもとに秋成の自筆写本類の濁音について調査した結果、濁音の専用仮名については
 ・秋成の七十歳代、すなわち晩年に集中して使用されている
 ・ジャンル別に見ると小説作品に集中して使用されている
という二つの傾向が見られた。この二つの傾向に該当する作品の中で白筆写本の写しを入手することのできた「ますらを物語」(正文・異文一・異文二)と「鴛央行」の字母について調査した。四本とも濁点表記はない。字母ごとの使用率を求めることが、基本的な作業となった。例えば「ますらを物語」では仮名「あ」は、78例が「安」で56例が「阿」で表記されている。さらに、か行さ行など濁音をもつ行については濁音で読まれるべき箇所に使用されている字母の割合を求めている。作品、ことに50音すべてを調査し、字母一覧表を作成した。このような作業を通して得られた秋成の字母の使用傾向に関して、次のようにまとめた。
 @濁音に使用される傾向にある字母について
 ・「す」の字母「春」
 「す」の字母の使用状況は以下のようになっている。
 「ますらを物語」(正本・異本一・異本二)「鴛央行」
 字母使用数濁音数字母使用数濁音数
 「寸」 72 4「寸」 7 0
 「春」 46 42「春」 12 10
 「須」 9 0「須」 4 0
 「春」は二作品ともに高い割合で濁音に便用されている。秋成は「す」と「ず」という清音と濁音を字母によって書き表わそうとしたのだろうか。次に「春」の用例をあげる。
 「ますらを物語」(正本・異本一・異本二)「鴛央行」
 濁音例濁音例
 す(打ち消しの助動詞)…40す(打ち消しの助動詞)…8
 す経…2すさ……………1すさ………………………1
 たゝすまい………………1
 清音例清音例
 やすらむ……………2いひはやす……………1
 すゝろきたつ………………1さすかに……………1
 しりへすゝみする…………1
 語別にみれば、「春」は打ち消しの助動詞に多く使われていることがわかる。
 この現象について二つの解釈が成立する。一つは秋成が清音と濁音を意識した結果、濁音「ず」を「春」で表していると考えられる。もう一つは、助動詞「ず」を「春」で表そうとしたために必然的に濁音に多くあらわれたとも考えられる。
 どちらによるものなのかは研究課題として残っているが、字母の使用に傾向がみられることは確認できた。
Aその他の使用傾向のみられる字母について
 ・助詞に使われる傾向にある字母
  「盤」「八」
 ・語頭に使用される傾向にある字母
  「古」「志」
 ・単語によって傾向が見られるもの
  係助詞「こそ」に対応する「己曽」
  係助詞「ぞ」に対応する「曽」
  助動詞「べし」の連体形「べき」の「き」に対応する「支」
 秋成の字母の使用にはそれが意識的であったかどうかは確定できないが、多かれ少なかれ用字意識があったと考えられる。濁音の表記と語のずれや助詞と自立語との表記上の機能に対する意識が働いてこのような字母の傾向が生まれているのではないだろうか。ただし、秋成は独自の表記体系を作り上げてそれを実践したわけではないだろう。長年の秋成の学識の集大成が自ずと発露された結果であると考えられよう。
 秋成校正本『大和物語』では濁音に関する字母や、「は」の字母である「盤」「八」には、この二作品ほどにははっきりとした傾向としては表れていない。もともとの季吟の文章の影響を受けているからだろう。濁音専用仮名が小説に見られるのは、自已の意識の表出を比較的自由に行える小説自身の持つ特有の性格に負うところが大きいのであろう。このため小説ジャンルにおいて秋成の用字法がはっきりと見られるのではないだろうか。秋成の用字意識が何を意味しているのかは、江戸時代の字母の全容が明らかになるに従って漸く把握できるはずである。私としては自筆本の一つひとつを検討していくことによって秋成の用字法について追求をしていきたい。

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